ふつーの話を書いてやる

 オレがいま住んでいるところは東京都葛飾区の小さなアパート的なところで、大小様々な家族やらなんやらが、3階建ての建物に潜んでいます。その建屋はL字型に作られていて、そのL字の中にはトタンの屋根が付いた駐輪場と、2台くらいの車がとめられる駐車場で構成されていて。その駐車スペースから幅2mもないくらいの道を隔てた向かい側に、紙っぽいモノを扱っている工場がある、といった造りになっています。 そんな狭くて小さい自転車がギッシリ詰まった空間でも、下町のお子様達にとっては立派な遊びの空間なんですよ。

 で、とある日の今日。たまたま飲みに行くことになってたオレが日が沈む前後くらいに玄関をガチャリと開けたその先には、いつものようにサッカーボールを蹴り飛ばしている少年が二人と、恐らく4,5歳くらいのおかっぱの女の子が、補助輪付きの小さい自転車をヨイショと転がそうとしてた。どうやらその女の子はL字の角っこにはまってしまったみたいで、どうにかしてそこから抜け出そうと前後に自転車を一所懸命している感じだ。

 玄関を開けたオレは、お、なんかがんばってる少女が居るなと思いつつ、玄関の前にとめてある自転車に跨がろうとしたそのときに、おかっぱのその子とパッと目があった。目があったコンマ数秒後、その子はにっこりと笑いながら、子供特有のゆっくりでちょいと高いトーン、例えるなら火垂るの墓の節子の関東バージョンで「どこいくの?」とオレに聞いてきたのです。それはもうこれ以上ないくらい警戒心ゼロな感じで。

 ここ何年も味わったことのない純真無垢な疑問を投げつけられて戸惑ったと同時に脳裏によぎった疑問が「ん?飲みに行くんだよ」…とこの子に答えるのか、オレは?っていう。この小さな女の子から投げかけられた真っ直ぐな質問に対して、この子にとっては意味不明の「飲みに行くんだよ」ってオレは言うのか?と瞬間的に悩んだ結果、オレは南東の方を大げさに指さしながら「あっちの方に行くんだよ」と答えた。大人なオレはやんわりと、色んな事を誤魔化しました。そしたらその子は、(もうこれでこのやりとりは終わりだよな)と思っているオレをあざ笑うかのように畳みかけてくるんです。それはもう元気いっぱいに「いつかえってくるの?」と。何でキミは、初対面の大きなおじさんにそんなに興味を示しているのかな?

 アドリブに弱い僕はあわわわしながら「んー、たぶん夜の遅い時間かな」と答えたら、返す刀で「じゃあ、いっしょについていってあげるよ!」と答えたその子は、補助輪付きの自転車のペダルに右足をかけ、前傾姿勢になってオレの後を追う気マンマンになってんです。その姿がまぁすげえかわいいの。黙ってその子の頭を撫でてあげたい衝動がわき上がったと同時に、着いてこられたら社会的に何かと問題になるよなと思ってとっさにオレがした行動は「あ!あっちを見てごらん!なんだか大きな鳥が飛んでいるよ!」と大きめの声で言い、その子が「え?」とそっちを向いている隙に全力でチャリをこいで戦線を離脱したっていう。

 そんな、とある日の話。子供の真っ直ぐってすげえな。